こんにちは。中小企業診断士の小林隼人です。私は日頃、中小企業の経営支援に携わる傍ら、地域の商工会議所などが主催する「創業塾」の講師として、未来の起業家たちをサポートさせていただいております。
創業塾の会場は、いつも独特の熱気に包まれています。「自分のカフェを開きたい」「社会課題を解決するサービスを作りたい」「趣味のハンドメイドを仕事にしたい」。キラキラとした目で自身の夢を語る受講者の皆さんを前にすると、私自身も身が引き締まる思いです。
彼らの情熱や「想い」は、事業を始める上で最も大切な原動力です。ぜひ創業を目指す皆様には成功していただきたい、そのために欠かせない一番のポイントは一体なんでしょうか。

著者プロフィール
経営コンサルタントの国家資格:中小企業診断士かつ現役技術者の小林隼人です。生成AIを活用して創業や中小企業経営の支援をしております。
詳しいプロフィールはこちら
創業で一番大事なこと、それは「S×O」の視点
創業で一番大事なことは何でしょうか? 私は「事業を継続させること」だと考えています。そして、事業を継続させるために不可欠なのが「戦略」です。
創業塾では、戦略立案の基礎として「SWOT分析」のワークショップをよく行います。自分の「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」といった内部環境と、「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」といった外部環境を整理する、あのフレームワークです。
しかし、SWOT分析は「分析して終わり」では意味がありません。重要なのは、分析した4つの要素を掛け合わせる「クロスSWOT分析」です。
- S×O(強み×機会):自社の強みを活かして、市場の機会をどう掴むか?(積極戦略)
- S×T(強み×脅威):自社の強みを活かして、脅威をどう切り抜けるか?(差別化戦略)
- W×O(弱み×機会):弱みを克服しつつ、機会をどう利用するか?(改善戦略)
- W×T(弱み×脅威):弱みと脅威による最悪の事態をどう回避するか?(防衛・撤退戦略)
この中でも、特に創業期において事業を早期に軌道に乗せる上で極めて重要なのが、「S×O(強み×機会)」、すなわち積極化戦略です。自分の一番の武器(強み)を、最も効果的な戦場(機会)でに思い切りぶつける。これが、リソースの限られた創業者にとっての最適解となります。
なぜ「機会(Opportunity)」の発見は難しいのか?
しかし、創業塾で「S×O戦略を考えましょう」と投げかけると、多くの受講者がここでペンが止まってしまいます。
「自分の強み(Strength)」は、比較的スムーズに出てきます。「前職で営業成績トップでした」「管理栄養士の資格を持っています」「誰よりもこの地域のお店に詳しいです」。これらはすべて、過去の具体的な経験(原体験)に基づいているため、本人も認識しやすく、言語化しやすいのです。
ところが、「市場の機会(Opportunity)」となると、途端に難易度が上がります。
「機会」とは、市場のトレンド、法改正、社会課題、競合の動向、技術革新といった「外部環境の変化」です。これらは非常に抽象的で、捉えどころがありません。
- 「インバウンド需要が回復している」
- 「健康志向が高まっている」
- 「リモートワークが定着した」
これらは確かに「機会」ですが、あまりに漠然としています。またこれらの外部環境の変化を認識されていない、または認識していても自分とは関係の無いこと、として生活されている方が多いと感じます。これを自社の「強み」とどう結びつければ具体的な事業アイデアになるのか、その思考のジャンプが難しいのです。
ここがなぜ、難しいのか、それは「強みは具体的思考、機会は抽象的思考」だからです。
具体的思考と抽象的思考の違いは、次の例で考えてみるとわかりやすいでしょう。
「コンビニに売っているものを10個考えて」この問いかけは具体的思考です。コンビニに入ったつもりで、具体的に想像してみれば10個程度は簡単に思いつくものです。
一方で、「コンビニに売っていないものを10個考えて」という問いかけはどうでしょうか?これが抽象的思考です。コンビニに売っていないものを考えるためには、具体的なコンビニの店内をイメージするだけではなく、コンビニが持つ属性という抽象的な概念を考えなければ回答できません。例えば、コンビニは「日常的に買い物する場所」だから「日常的に買い物しないものは置いていない」→「日常的に買い物しないもの」→自動車、お墓、土地、etc と言った具合です。
多くの創業者は、「自分のやりたいこと」「自分の好きなこと」という内部環境(強みや想い)からスタートします。それは素晴らしいことですが、それが行き過ぎると、「市場にニーズがあるかどうか(機会)」という客観的な視点が抜け落ちた「プロダクトアウト」な発想に陥りがちです。
「こんなに良い商品を作ったのに、なぜ売れないんだろう?」——その原因の多くは、市場の「機会」を的確に捉えられていないことにあるのです。
生成AIという「優秀な壁打ち相手」
この、創業者にとって最大のハードルである「抽象的な機会の発見」において、私は生成AIが強力なパートナーになると確信しています。
ChatGPTやGemini、Perplexityといった生成AIは、膨大なインターネット上の情報を学習しています。また、一瞬で検索キーワードを生成しインターネットの最新の情報を要約して提供してくれます。AIは私たちが日々肌感覚で感じているトレンドや社会の変化を、客観的なデータや複数の視点から瞬時に提示してくれるとても便利なツールです。
中小企業診断士、コンサルタントとして私たちが従来行ってきた、市場リサーチや業界動向の分析、そしてブレインストーミングの初期段階を、AIが高速で代行してくれるようになったのです。
もちろん、AIが提示する戦略を鵜呑みにするわけではありません。AIを「戦略立案の丸投げ先」にするのではなく、「優秀なリサーチャー兼、思考を深めるための壁打ち相手」として活用するのです。
「こんな事業を考えているんだけど、市場の機会はどこにある?」 「私のこの経験(強み)は、どんな分野で活かせると思う?」
この問いかけに、AIは疲れ知らずで、忖度なく、多角的な視点を提供してくれます。
創業塾の「現場」と生成AIのギャップ
これほど有効な生成AIですが、いざ創業塾の「現場」で活用しようとすると、いくつかのハードルがあります。
創業塾のワークショップは時間が限られています。その中で、受講者全員に「ではChatGPTを開いてください」と指示するのは現実的ではありません。
- 環境の問題:会場のWi-Fiが不安定だったり、そもそもPCの持ち込みを前提としていないケースもあります。
- リテラシーの問題:受講者のITスキルは様々です。スマホ操作は慣れていても、PCでの作業や新しいツールのアカウント登録に戸惑う方も少なくありません。
- プロンプトの問題:生成AIは「聞き方(プロンプト)」次第で回答の質が大きく変わります。AIを使い慣れていない人が、限られた時間で「S×O戦略」に資するような的確な指示を出すのは至難の業です。
受講者がプロンプトの入力にカタカタと苦戦している間に、貴重なワークショップの時間が過ぎていく……。これでは本末転倒です。
Difyで解決!スマホ完結の「S×O戦略アプリ」
どうすれば、この強力なツール(生成AI)を、誰でも、簡単に、短時間で、創業塾の現場で活用できるだろうか?
悩んだ末に私が行き着いたのが、「専用のAIアプリを自作する」という結論でした。

そこで活用したのが、ノーコード/ローコードでAIアプリを開発できるプラットフォーム「Dify」です。Difyを使うと、複雑なプロンプトや外部データの連携を裏側(バックエンド)で設計し、ユーザーが触る表側(フロントエンド)は極限までシンプルにすることができます。
私が開発した「S×O戦略立案サポートアプリ」のUIは、驚くほど単純です。
- [ あなたの事業内容(やりたいこと)] を入力
- [ あなたの強み(経験・資格など)] を入力
受講者に入力してもらうのは、この2つのテキストボックスだけ。あとは「実行」ボタンをタップするだけです。スマホさえあれば、誰でも操作できます。
では、このアプリの裏側では何が起きているのでしょうか。
- 外部環境(機会)の調査 まず、受講者が入力した「事業内容(例:ドライフラワー販売)」というキーワードに基づき、Difyに連携させた検索エンジン(Perplexity AI)が、関連する市場トレンド、消費者のニーズ、社会課題、競合の動向といった「外部環境」をリアルタイムで調査・分析します。
- S×O戦略の立案 次に、(1)で得られた「外部環境(機会)」と、受講者が入力した「事業内容」「自分の強み」という3つの情報を、あらかじめ私がDifyに設定しておいた「戦略立案プロンプト」に組み込み、GPT-5などの高性能なLLM(大規模言語モデル)に渡します。
- 結果の提示 AIは、これらの情報をクロスさせ、「あなたの強みを活かし、現在の市場機会を捉えた具体的な事業戦略(S×O戦略)」を複数パターン立案し、分かりやすく提示します。
詳細はこちらの記事に記載したので見てください。
【実践例】「アパレル店長」×「ドライフラワー」
このアプリを、創業塾で実際に試してみました。
ある受講者は、「趣味で作っているハンドメイドのドライフラワーをネットで販売したい」と考えていました。もしAIを使わずに普通に考えると、「綺麗なドライフラワーを作って、BASEやminneで売る」という、よくあるビジネスモデルになりがちです。
そこで、試しにアプリを使ってもらいました。
- 事業内容:「ハンドメイドのドライフラワー販売」
- 強み:「アパレルショップでの店長経験(10年)」
彼女自身は、「アパレル経験は、ドライフラワー販売とは関係ない」と思っていたようです。しかし、AIが導き出したS×O戦略は、彼女の予想を裏切るものでした。
【AIによるS×O戦略提案(イメージ)】
あなたの「アパレル店長経験」は、ドライフラワー販売において強力な差別化要因となります。特に「VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)の知識」「高い接客スキルによるニーズ把握力」「コーディネート提案力」「色彩感覚」は、以下の戦略に活かせます。
- 「元店長の色彩感覚で選ぶ『飾る空間に合わせた』オーダーメイド提案型販売」 顧客の部屋の写真や好みのインテリアスタイル(北欧風、モダン、カフェ風など)をヒアリングし、アパレルで培ったコーディネート力で最適なドライフラワーを提案します。単なる「モノ売り」ではなく「空間演出」という付加価値を提供します。
- 「ファッションと連動する『季節のドライフラワー』サブスクリプション」 アパレルのトレンド(今季の流行色など)と連動させたドライフラワーやリースを、季節ごとにお届けするサブスクサービス。元店長ならではのセンスで、ファッション感度の高い層に訴求します。
- 「接客経験を活かした『オンライン・ギフトコンサルティング』付き販売」 ギフト需要(新築祝い、開店祝いなど)に特化。オンラインで丁寧にヒアリングし、贈る相手の好みやTPOに合わせた最適な商品を「元店長の目利き」として提案。高単価なギフト市場を狙います。
彼女は、この結果を見て「目から鱗が落ちた」と話してくれました。
「店長時代に培ったスキルが、こんな形で活かせるとは思っていなかった。ただ作るだけでなく、『提案型』のサービスにできるかもしれない」。
ご本人も気づいていなかった「強み」と、AIが客観的に見つけてきた「機会(高付加価値化、パーソナライズ化の需要)」が結びつき、独自のS×O戦略が生まれた瞬間でした。
結論:AIは創業支援の「民主化」を進める
もちろん、AIの提案がすべて正しいわけではありません。しかし、AIとの「壁打ち」は、創業者が陥りがちな「自分のやりたいことだけ」という狭い視野を強制的に広げ、思考を深めるきっかけを与えてくれます。
これまで、こうした客観的な市場分析や戦略の壁打ちは、高額なコンサルティングや専門家のアドバイスが必要な領域でした。
しかし、生成AIの登場と、Difyのようなツールの進化によって、入力UIを極限までシンプルにさえすれば、ITリテラシーや時間、場所に関わらず、誰もが「優秀な壁打ち相手」を持てるようになりました。
これは、創業支援における一種の「民主化」と言えるかもしれません。
私たち中小企業診断士の役割も変わっていきます。単に知識を教えるだけでなく、こうした新しいツールをいかに現場で使いこなし、一人でも多くの創業者の「最初の一歩」を、より確かなものにしていくか。
生成AIという強力な武器を手に、未来の起業家たちと共に新しい航海に出ることのワクワクを、今、改めて感じています。


コメント