AIが「もっともらしい」「70〜80点」の回答を一瞬で返す時代が本格的に始まりました。
同業の中小企業診断士の先生方とお話しすると、「AIが最大のライバル」「AIのせいで仕事がなくなるかもしれない」と心配する声も多いです。
この時代を迎え、士業(診断士・社労士・税理士・行政書士・弁護士など)は、どうやってAIと共存・共栄していくべきなのでしょうか?
結論はシンプルです。
士業が提供すべき価値は “正解” だけではない。
正解に至るプロセスの品質と、クライアントが腹落ちする “納得感” である。
この記事では、それを実現するための「3つの防衛線」と、私たち人間にしか持ち得ない「最後の砦」について解説します。

著者プロフィール
経営コンサルタントの国家資格:中小企業診断士かつ現役技術者の小林隼人です。生成AIを活用して創業や中小企業経営の支援をしております。
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第1の防衛線:戦略的スピードと“問い”の品質(対・汎用化)
AIが普及すると、「誰でも簡単に正解を出せるようになる」という幻想があります。
しかし実際は、最初に与える“問い”の精度で成果は大きく変わります。
「回答」ではなく「問い」が商品になる
AIは“指示待ちの優秀な部下”のような存在です。
優れた仮説、課題設定、視点を与えられなければ、AIは本領を発揮できません。
士業の仕事は、「問いをつくること」そのものが価値となる時代に入りました。
プロンプトに差をつける専門家のインサイト
プロンプトエンジニアリングのテクニックより、顧客の業界構造や真のペイン(苦しみ)への洞察力=インサイトのほうが重要です。
ここがAIの出力を「70点 → 90点 → 100点」に引き上げる決定的な差になります。優れた問いを立てる能力は専門的な知識と経験を持つ専門家が圧倒的に優れています。ここがAIを使う上での専門家の腕の見せ所になるでしょう。
あいまいな聞き方では、一般論の回答しか得られません。顧客の状況を観察して、どういう課題や仮説を設定するか、またプロンプトでAIにどのような情報を渡すか、このセンスと引き出しが要求されます。
高速な初速を得るためにAIを使う
生成AIを思考の壁打ちに使ったり情報整理、資料作成はAIに任せることで、作業速度を劇的に上げることができます。この時、削減できる時間は“ラクをするため””コストカット”として見るのではなく、顧客へのレスポンスを高速化する余剰と見ることもできます。
従来はまず顧客の課題をヒアリングしてから、一回持ち帰って整理して後日報告、という流れだったものが、面談中にも生成AIを並列稼働させることで圧倒的な速度を生み出すことができます。Nottaなどの議事録生成AIを使えば難しいことではないのです。
これは特に案件の序盤で効果が大きいでしょう。例えば顧客が複数の専門家と接触して情報収集をしているときに圧倒的な初速で打ち返すことができれば成約する可能性が高くなります。対同業との差別化にこのようなテクニックが有効でしょう。
第2の防衛線:身体性と現場のリアリティ(対・記号化)
AIにとって現場は「データの集合」にすぎませんが、人間にとって現場は「意味のある体験」です。
五感と空気を拾えるのは人間だけ
人間は現場に行くことで、AIには取得できない情報を手に入れることができます。
- 工場に漂う油の匂い
- 社長の沈んだ表情
- 社内に広がる微妙な空気
- 作業員の動きの緩急
- 会議室の温度や湿度、沈黙の重さ
これらはすべてAIには“記号としてしか理解できない”情報です。特にChatGPTなどのテキスト生成系AIが受け取るのは文字情報が中心です。彼らは現場を真に体験することはできません。このようなAIが真に世界を理解することはできるのか?という問題はAI研究の分野でも「記号設置問題」として扱われる未解決の問題です。
しかし士業は人間が持つ五感を通じて、これらを意味として読み取り言語化できる。適切に”言語化”を行うためには専門家としての知識、経験が役に立ちます。専門用語はたった1語でも多くの意味や文脈を持っています。これこそが、AIには絶対に代替できない価値です。またAIを使いこなす、という意味においても重要な強みになるでしょう。(いずれはセンサーとAIを搭載したロボットが現場に行く時代が来るかもしれませんが)
非効率は「コスト」ではなく「敬意」
わざわざ足を運ぶ。膝を突き合わせて話す。
これは生産性で見れば非効率ですが、クライアントにとっては「自分ごととして向き合ってくれている」証明になります。
デジタル全盛時代だからこそ、「会う」という行為は最大の差別化要素です。
そこに、いつでも会話できるAIとは異なる意味があるはずです。
第3の防衛線:非合理への対応と情緒的価値(対・合理化)
AIは論理で動く存在ですが、人間は“合理だけでは動かない”生き物です。
ナラティブ(物語)を扱えるのは人間
先日、中小企業診断士の集まりに参加した際、大先輩の診断士の方がお話しされていました。
顧問先の雑貨屋さんのおかみさんが「うちの灯油はあったかい」と言って売っている。
灯油はどこで買っても同じで、店によってあったかいとか寒いとかはない、理屈ではそうなんだけど、おかみさんにそう言われるとつい買いたくなる、そんな人間の心情を描いています。
これは物理温度の話ではなく、灯油を売る人の“想い”や“関係性”の温度です。
士業の仕事も同じで、クライアントの背景、ストーリー、価値観を理解し、意思決定の「物語」を一緒につくっていく必要があります。
媚びないパートナーになる
「シコファンシー(Sycophancy):迎合」という言葉を聞いたことはあるでしょうか?ChatGPT等のAIは学習の過程において、人間から好まれるように報酬を与えられ強化学習されています。このためAIは時にユーザーに迎合し、誤った方向へ進んでしまうことがあります。海外ではAIを相談相手としていた若者がAIの助言に従い自殺してしまう、といった痛ましい事件も報告されています。
しかし士業は人間として、場合によっては顧客に耳の痛い真実を伝えなければなりません。
それができるのは、「信頼関係 × 人間的な関心(愛)」があるからこそです。
合理性を超えた“情緒のマネジメント”は、AIにはまだ不可能です。
核心:専門知識 × 自己効力感
これらを実行するために不可欠なのが、士業自身のマインドセットです。
自己効力感のない人はAIの言いなりになる
専門知識があるからこそ、AIの出力の誤りを見抜き、修正し、方向性を示せます(オーケストレーター)。
「AIがこう言っているから」ではなく、「AIの分析を踏まえて、私はこう判断する」と言える主体性。
ここが、AIに置き換えられない“職業としての矜持”です。
教育業界でもAIの活用が議論となっていますが、課題の一つは「AIの言いなりになってしまうこと」これを防ぐことが大事とされています。先日参加した勉強会(【豆寄席】生成AIは人材育成における敵か味方か 生成AI活用事例と向き合い方)で指摘されていたのは「自己効力感」(自分に対する自信)。自己効力感が少ないほどAIに無批判に頼りきりになってしまうそうです。
身近にもこういう人はいないでしょうか?AIの方が自分より優秀と思い込んでChatGPTの言いなりになっている人。
しかし厳しい試験や実務を乗り越えてきた士業であるならば自己効力感を持ってAIと付き合い、AIと対等な対話を通じて自らが提供するサービスの品質を向上させることもできるはずです。
また実用的なテクニックとしてはAIとの対話の中で「クリティカルシンキングでお願いします」「あえて反論してください」などとお願いすることで、”迎合するAI” シコファンシーから抜け出すことができますので、ぜひお試しください。
エピローグ:世界でひとつの「n=1」という最強のデータ
最後に、技術論を超えた私たちの存在意義について触れておきます。
AIの本質は「統計」です。何億ものデータから「平均的な正解」を導き出すことは得意です。
しかし、あなたが見聞きして体験したあの経験は、世界で一つの「n=1」の経験です。
ある企業の危機を救った時の安堵感。あるいは、力及ばず廃業を見届けた時の悔しさ。
その時、現場で何を感じ、心がどう震えたか。
その経験はAIは学習できません。世界で一つのデータであり、その時感じた感情は誰にも渡せないあなただけのものです。
AIは「失敗しない方法」を教えるかもしれません。
しかし人間は、「失敗した時の立ち上がり方」や「痛みの乗り越え方」を、自らの実体験(n=1)として語ることができます。
「私のこの経験は、誰にもコピーできない」
この誇りさえ失わなければ、私たちはAIに負けることなどあり得ないのです。
AIを良き相棒として従え、人間ならではの物語を紡いでいきましょう。



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