はじめに
「お客様の声を聞きましょう」
「いや、ビジョンこそがイノベーションを生む」
製品開発やサービス開発の現場では、この二つの考え方が常に議論の的になります。顧客の声に応える「マーケットイン」と、作り手の技術やビジョンを起点とする「プロダクトアウト」。どちらも重要ですが、どちらか一方に偏ることで、私たちは大きな壁にぶつかってしまいます。
- マーケットインの罠: 顧客の要望に応え続けた結果、競合と瓜二つの製品が生まれ、価格競争に陥る。「もっと速い馬が欲しい」という声に応え続けても、革新的な「自動車」は生まれない。
- プロダクトアウトの限界: 素晴らしい技術や独創的なアイデアも、市場に受け入れられなければただの独りよがりに終わってしまう。

このジレンマを乗り越え、顧客自身も想像していなかったような価値を届けるにはどうすればいいのでしょうか?
その答えが、両者を統合して超えた「第3のアプローチ」にあります。

著者プロフィール
経営コンサルタントの国家資格:中小企業診断士かつ現役技術者の小林隼人です。生成AIを活用して創業や中小企業経営の支援をしております。
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Step 1: 羅針盤を手に入れる – 「言葉」の裏にある「インサイト」を探せ
すべては、顧客を深く理解することから始まります。しかし、それは表面的なアンケートやインタビューで「何が欲しいですか?」と聞くことではありません。私たちが探すべきなのは、顧客自身も明確には言葉にできない本音、無意識の行動の裏にある根本的な欲求、すなわち「インサイト」です。
インサイトは、顧客の「言葉」ではなく「行動」と「文脈」の中に隠されています。
- 顧客が実際に製品を使っている現場を観察し、無意識に行っている工夫や、不満そうな表情を見つける。
- 「なぜそうするのですか?」と対話を重ね、課題の根本原因を掘り下げる。
馬車の時代、人々が口にしたのは「もっと速い馬」だったかもしれません。しかし、その言葉の裏にあるインサイト(片づけたい本当の用事)は、「より速く、より快適に、より楽に目的地に着きたい」という普遍的な欲求でした。このインサイトこそが、全く新しい解決策「自動車」というアイデアを生み出すための、ブレない指針(羅針盤)となるのです。

Step 2: エンジンをかける – リーンスタートアップで「早く失敗する」
「自動車」という革新的なコンセプト(価値仮説)が生まれても、いきなり完璧なものを作るのは賢明ではありません。本当にそれが求められているのか、誰もわからないからです。
ここで強力な武器となるのが、リーンスタートアップのアプローチです。
リーンスタートアップの神髄は、「構築→計測→学習」というサイクルを、いかに速く、低コストで回すかにあります。
- 構築 (Build): まず、コンセプトを検証するための最小限の製品(MVP: Minimum Viable Product)を素早く作ります。それは動く車でなくても、スケッチや模型で十分かもしれません。
- 計測 (Measure): それを顧客に見せ、反応を計測します。「馬がいなくて怖い」「音がうるさそう」といったネガティブなフィードバックこそ、成功への重要なデータです。
- 学習 (Learn): データから学び、仮説を修正(ピボット)するか、方向性が正しいと確信して前進するかを判断します。
このプロセスは、まさに「Fail Fast(賢く、早く失敗する)」という思想の実践です。壮大な計画で壮大に失敗するのではなく、小さな失敗から学び、成功の確度を上げていくのです。

Step 3: 追い風を掴む – 「計画的偶発性」がイノベーションを加速させる
「構築→計測→学習」のループを回していると、思わぬ発見が生まれることがあります。これを「計画的偶発性(Planned Happenstance)」と呼びます。
例えば、「速さ」を検証するために自動車のプロトタイプを見せたとき、ある顧客がこう呟いたとします。
「これなら、雨の日でも大事な荷物が濡れなくて済むな」
これは、作り手が当初想定していなかった、全く新しい価値の発見です。この「偶然の産物」は、製品の方向性をより豊かなものへと導く追い風となります。
- 「計画」とは、仮説検証のプロセスを回し続けること。
- 「偶発性」とは、そのプロセスの中で生まれる予期せぬ発見や学び。
この偶然性を計画に組み込み、柔軟に戦略を転換(ピボット)していくことで、製品は作り手の想像をも超え、顧客にとってなくてはならない存在へと進化していくのです。

まとめ
マーケットインとプロダクトアウトは決して相反する考えではありません。これからの製品開発は、顧客のインサイトという羅針盤を手に、リーンスタートアップというエンジンを回し、計画的偶発性という追い風を掴む旅のようなものです。
「お客様の声を聞く」ことを、「お客様の言いなりになる」ことだと勘違いしてはいけません。顧客を誰よりも深く理解し、そのインサイトを基に仮説を立て、素早く検証し、学び、時には大胆に方向転換する。
あなたの顧客が本当に「片づけたい用事」は何ですか?その答えの先に、まだ見ぬイノベーションの種が眠っているはずです。


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