封建的な制度の中で奴隷のように社会に縛りつけられていた人間の精神を一挙に解放したのが実存という考え方であったのに対し 、解放され自立したように見えている人間の精神も実は一定の機能をもった見えない枠組によって支えられているのだというのが構造という考え方だ 。どちらが正しいかという問題ではない 。コインには表と裏があり 、表裏は一体だということだ 。
三田誠広「実存と構造」
実存主義と構造主義を我々が人生を生きる上で、実用的にどう活かせるのか、を著者が造詣の深い文芸論を絡めて示すガイド。
文学作品における実存主義や構造主義の現れ方に着目している点が特徴的だ。
本文内でも明確に実存主義や構造主義の解説書では無いと銘打たれている。非常にざっくりとした解説なので、それぞれの思想を詳しく知りたい向きには、別の本のほうが良いだろう。
それでも、私のような初学者が、これらの思想を自分が生きる上でどう役立つのかしりたい、というためには大いに参考になるのではないか。また、古今東西の文学作品が多く紹介されるので、文学好きの方には向いていると言える。
本書において、筆者が実存主義、構造主義の両思想について何が述べたいかと言うとすなわち下記のようなことになる。
実存主義と、構造主義とはコインの裏表の関係だ。
実存とは、一個人が世界に対してすっくと立ち向かい、差しで勝負をする、良き意思をもち、未来に可能性を広げていく存在。一方で、自我をとことん問い詰める、孤独な面も持つ。
しかし、そんな実存も社会のなかで生きる限り、社会の因習や制度、道徳からまったく離れるわけにいかない。そのような因習などにも、共通する構造が存在し、それが実存を縛っている。実存は自由な存在ではないのだ。
しかし構造は神話の世界にも見られる。そこでは類似のエピソードが形を変えながら繰り返し語られるのである。これにより、この世界において、孤独な実存であっても、過去や未来のなかでは自分と似たような実存が、同じような悩みや苦しみを持ちながら、生きて死んでいくことが暗示される。これは孤独な実存にとっての癒しになるはずだ。と。
一時期、仕事において悩んでいた時期があった。自分の意思を会社の活動とどう関連させられるのか。
実存は出口の無い問でもある。そういう個別的な人生に囚われて生きるしか無いけれども、そんな人生もかつての歴史の中で構造として繰り返されてきたものに過ぎない。
そのとき実存として孤独に理不尽な生を生きるしか無い人にも救いが与えられる。
本書の内容が実存主義や構造主義の本流ではないのだと思うが、本家からインスパイアされた人生哲学的なものか。個人的に辛い体験があったとしても過去にも未来にも構造による結果として繰り返されてきたことだと考えるのは、追い詰められた気分を楽にしてくれる福音と感じる。
若者たちは人生の指針を見失っているように見える 。いまは生きていくのに思想や信条を必要としない時代だ 。しかし一方 、経済の停滞で就職口が少なく 、職業選択の自由が大幅に制限されている 。生きづらい時代にもかかわらず 、人生航路の指針となる思考モデルが用意されていない 。現代の若者にこそ 、知的ツ ールとしての思考モデルが必要なのではないかとわたしは考える 。
三田誠広「実存と構造」
一つの考え方として、傾聴すべきものが本書にはあると思う。
本書においては実存主義や構造主義に関連した、様々な文学作品が紹介されている。その中でも読んでみたいものをいくつかあげると下記のようなものだ。
パスカル「パンセ」
「人間とは考える葦である。」が有名だが、これが実存主義の萌芽がであると思うと、その言葉の重さがより実感される。
フランツ・カフカ「変身」
かつて読んだことがあったけど、当時は世界に思い悩むこともなく、この小説のこともよく理解できなかった。
ドストエフスキー「罪と罰」
これもかつて読んだが、改めて読んでみたい。
大江健三郎「新しい人よ目覚めよ」
大江健三郎はいままでまったく読んだことがない。が、この本については、本書を読んで強い興味をもった。
ウンベルト・エーコ「薔薇の名前」
有名な小説だ。名前は聞いたことはあるが、未読。是非読んでみたい。
併せて読みたい
新書で読める、構造主義の入門書、おすすめその1。レヴィ・ストロースの仕事と、その背景となる数学との関連についてやさしく紹介している。
新書で読める、構造主義の入門書、おすすめその2。こちらは構造主義に関連する思想家として、レヴィ・ストロース、フーコー、バルト、ラカン、の四人を取り上げている。また構造主義誕生の歴史的背景として、実存主義の経緯に感しても説明しておりわかりやすい。