書評:サイコパス 中野信子 文春新書


サイコパス (文春新書)

図書館でたまたま目にし、借りて読んだ本。「サイコパス」について、最新の研究成果を広く紹介する本である。

サイコパスとは何か

 サイコパスとは「連続殺人犯などの反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念」との事である。

反社会的な人格、ということだが具体的には、以下の特徴があるそうだ。

  • 外見や語りが魅力的でプレゼンテーションがうまく、ナルシストである。
  • 恐怖や不安、緊張を感じにくく、大舞台でも物怖じしない。
  • 倫理的な理由で普通の人がためらうような行動でも、平然と行う。
  • 嘘をよくつく。主張をよく変える。
  • ビッグマウスだが、飽きっぽい。
  • 人当たりは良いが、他者への共感性は低い。
  • 感情に流されず、合理的。1人を殺して、5人を助けられるなら迷わず1人を殺す。

外見や振る舞いは自信に溢れ、決断力に富み非常に魅力的に映るが、他者への共感を欠き、嘘を平然とつき、倫理的な問題をためらいなく犯す、という人格である。

このような「サイコパス」気質がどの程度の割合で存在するかというと、意外に多く、100人に1人は認められると言う。知り合いを100人思い浮かべれば、そのうちの1人はサイコパスであってもおかしくないことになる。

例えば、自分が会社に通勤する道すがら何人の人にすれ違うか考えてみると、少なめに見積もっても駅や、電車等の雑踏を考えれば何百人もの人と行きあうわけである。間違いなくその中にサイコパスはいるわけだ。思ったよりもすごく身近な存在と言えるだろう。

さて、そんなサイコパスだが、上に示したように元々は「人格の特徴」を示す名称であった。しかし最近では脳科学の研究の進展により、具体的に脳内の器質のうち、他社に対する共感性や「痛み」を認識する部分の働きが、一般人と異なることが明らかになってきている。脳の特徴を調査することで、サイコパスであるかどうか、わかる可能性があるという事だ。

本書にも書かれているが、これをもって短絡的に、サイコパス気質の人への差別や、排除につながってしまうことは危険だ。サイコパスであろうと人権はあるわけだし、脳の特徴を持って社会から排除してしまっては、優生学の名の下にホロコーストを行ったナチスの歴史を繰り返す事になる。

サイコパスは100人に1人という結構な割合で社会に存在しているわけだし、もちろんサイコパスであることが、直ちにイコール凶悪犯罪者であることではないのだ。

進化心理学的なサイコパスの考察

また、本書の中盤では進化心理学的にサイコパスがどのように、進化の過程で生き残ってきたか、について考察している。

まず、サイコパスの平然と嘘をつき、倫理的に問題のある行動もためらいなく行う、という人格は、今よりももっと生存競争が厳しかった時代には生存に有利に働いたと考えられる。

さらに不安や恐怖を覚えずに、どんどんチャレンジしていく能力は、人類の発展に寄与する部分もあったのではないか、と指摘している。例えば、新しい食べ物を試す、新しい土地に進出する、航海に出て新しい大陸に向かう、などはその最たる例だ。

また、「サイコパス」が問題視されるのは、その「反社会性」においてである。それは現代人の生活する社会のルールに対して、逸脱してしまうから、問題なのであるが、社会のルールとは、時代や場所によっても違うことが示されている。現代においても、ブラジルの奥地に住む部族においては、サイコパスの行動様式が個人のステータスを高める、という文化がある。そのような社会においては、サイコパスであることは全く問題なく、むしろ奨励される生き方なのだ。

そう考えれば我々の社会に、一致しない価値観だからと言って、強制的に退場させるというわけにはいかない。何とかして付き合っていく方法を探る必要があるだろう。

サイコパスに向いている職業は?

サイコパスと社会がどう向き合うか、と言う意味で、本書に紹介されている、「サイコパスに向いている職業」、「サイコパスに向いていない職業」それぞれ10選というのは興味深い。

詳細は実際に本書を手にとって確かめていただきたいが、サイコパスに向いている職業の1位だけ、紹介したい。

サイコパスに向いている職業の1位、それは企業の最高経営責任者だそうだ。

恐れを知らず、プレッシャーに強い、と言うより感じない。感情に流されず極めて合理的。弁舌巧み。嘘も必要があるば、躊躇なくつき、悪びれない。
嘘については、認められないが、それ以外については、たしかに企業のリーダーは適任かもしれない。

本書でも述べられているが、例えばアップルの元CEOのスティーブ・ジョブズもサイコパスだったのではないか、と考える人は多いそうだ。

自信たっぷりでカリスマ性溢れる態度。抜群のプレゼンテーション能力。ビジョンを示し、勇気を持って未来を切り開く、素晴らしいリーダーとしての姿の一方、妻子や同僚、技術者への冷徹な態度、などはサイコパス気質を疑われる部分だ。

終わりに

サイコパスについて現在得られている知識を得るという意味では、十分な一冊と感じた。しかし、全体的にふわっとした感じで、主張が感じられない。サイコパスに対して、どう向き合うのか、その姿勢がはっきりしない。

本書の中ではサイコパスを尊重するのか、畏怖するのか、差別的に見ているのか、なんとも言えない感じであった。そこが違和感として残った。しかしこれは著者の問題だけでなく、この現代社会がどう向き合うべきなのか、という課題として捉えるべきだろう。