「エンジニアリングマネジャー」その1:リーダーの責任と権限,権力

技術系マネージャー、リーダー必読の書

改訂 エンジニアリングマネジャー―強き技術系管理者への道

技術や医療と同じように、良好な管理は知識と実践の両方を必要とする。実際せんの伴わない知識は、非現実的な理論主義者を生み出す。知識を欠いた実践は、試行錯誤的な素人を作り出す。知識と実践の両者が相まってこそ、基本を身につけた強い管理者が生まれる。

「エンジニアリングマネジャー」序文より

「エンジニアリングマネジャー」という本を紹介する。この本は、研究開発や製造などに従事する技術者が管理職としてキャリアを進める場合のガイドブックとして執筆された。いわゆる課長、部長と言ったライン管理者のほか、プロジェクト管理の問題や、組織の編成方法と言った経営者レベルまでの管理を対象としている。

「他人を通じて成果を出すこと」を管理者の本質としてとらえ、豊かな現場の経験と、学術的研究成果を踏まえた、巷にあふれる安易なノウハウ本とは一線を画する書物である。綺麗事だけではなく、仕事の現場で遭遇するであろう様々な葛藤やドロドロした人間模様についても書かれている点がすばらしい。私の職種はプロダクトマネージャー(PdM)であるが、PdMにとっても非常に参考になる本でおそらく職業人生における座右の書となるであろう一冊である。

このように、おすすめの一冊であるが、

  • それなりのお値段がする。(定価¥5,700-)
  • 現在絶版で入手性が悪い。
  • 翻訳にやや難があり、翻訳物に慣れていない人には読みづらい。

と言った難点もある。しかしながら、この本の内容はぜひ多くの人に知ってもらいたく、また手に取ってもらいたく思うため、当ブログではこれから何回かにわたって、「エンジニアリングマネジャー」の紹介記事を書いていきたい。

責任はいつも権限より重い

先にも述べたように、私の職種はプロダクトマネージャー(PdM)である。PdMとは、技術開発、製造からセールス、ビジネス能力、業界知識まで様々な能力を活用し、担当する製品の成功させることをミッションとする職種である。(PdMの概要は下記記事参照)

製造業におけるプロダクトマネージャーとは こんにちは。当ブログ管理人のkova(@KovaPlus)と申します。私は理科学機器メーカ...

俗にミニCEOとも呼ばれるPdMは、担当する業務範囲が当人の心構え次第でいくらでも広げることができる。また、その責任も当然重くなる。しかし、PdMは課長、部長といった担当者に対して直接の指揮権を有する「ライン」管理者とは異なり、ライン管理者に助言を行う「スタッフ」管理者でしかない。

つまり、直接担当者達を動かす権限は無いにもかかわらず、その責任はとても大きいのがPdMである。(組織によって様々な編成があるので、あくまで自分の職場の場合。)

私はPdMとして働く中で、この矛盾についてモヤモヤした思いを感じていた。しかし本書の中に、以下の表現を見つけて、自分の立場に納得することができた。

公式の狭い仕事の範囲内で、ただ真面目に仕事をするだけであってはならない。その壁を乗り越えて、自らの影響力の限度を確かめること。

責任は、その権限を幾分超えたところにあり、また組織的政治力がはびこるのは避けられない、という事実を容認すること。

p.189

これは管理者に転身しようとする技術者向けが何をなすべきか、について述べた第5章「技術者用技法」の中の一節である。公式に定義された仕事の範囲内だけで仕事をするのではなく、自分の仕事の幅を広げるべく自ら努力すること、そして仕事の「責任に対して、見合った権限が得られることはない」こと、が端的に示されている。この教えを知ってから、自分のPdMとしての働き方にも一本筋が入ったように感じる。

プロジェクトマネージャー(PjM)に限って言えば、もっと直接的に下記のような表現もある。PjMとPdMは業務内容が被るところも多くある。PdMについてもほぼ同じことが言えるはずだ。

プロジェクト管理者の地位の主要な特徴は、常に権限よりも大きな責任を負っているということである。

p.268

なお、PjMとPdMの関係については、当ブログの下記記事にて紹介したので、興味のある方は参照いただきたい。

プロダクトマネージャー(PdM)を集めた課 こんにちは。当ブログ管理人のkovaと申します。理科学機器メーカーでプロダクトマネージャ...
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プロダクトマネージャー(PdM)を集めた課 こんにちは。当ブログ管理人のkovaと申します。理科学機器メーカーでプロダクトマネージャ...

責任を果たすのに十分な権限など存在しない、という件については、ほかに営業マンを例にとって次のように述べている。

すなわち、営業マンには製品を販売し、売り上げをあげる”責任”がある。しかし、営業マンには売り上げをあげるために、顧客に製品を強制的に購入させる”権限”は無い、と。

言われてみれば当然のことであるが、責任と権限の関係をこのように捉えている人は少ないのではないだろうか。技術者や管理者においても、責任と権限の関係は大枠このようなものである。よく世間で言われる責任と権限の不釣り合いについての愚痴は、大半がこの原理を変形させたものに過ぎないのではないだろうか。

権限 ≠ 権力 両者の違い

そうは言っても、とにかく”権限”が無ければ仕事にならない、という意見はあるだろう。しかし、まず考えるべきなのは”権限”と”権力”の違いについて理解することだ、と本書は説く。

不幸にも、多くの管理者は権力と権限を混同しがちである。ここには少なくとも2つの大きな差異がある。まず最初に、権限はすでに論じたように権利であるが、権力は単純に言えば一種の能力である。その要点は、権限を手にすることができても、それを効果的に用いることができなければ、権力は手に入れられないということである。下手な管理者や「人の良い男」(命令を出すことができなかったり、躾や他人を追い立てたりできない人)は、この点での身近な例である。

もう一つの大きな相違は、権限が常に権力に立脚しているのに対し、権力は権限なしでも存在しうるということである。通常、管理者は権力に立脚する権限を保有しており、この権力を物事の遂行のために行使することができる。一方、権限(つまり行動の権利)を持たずに、権力を保持し、行使することのできる管理者もいる。このような場合の権力は、官僚主義的あるいは形式的な権利以外のものから発生している。

p.226

“権限”とは組織表上の編成から生まれる権利のことである。組織上、書類上この人が上長だから許可を取らないと〇〇できない、であったり、この人が上長だから指示に従わなければならない、という類のものである。

一方で権力とは、その人の持つ能力である。だから上で述べられているように権限があっても権力が無い人がいたり、権限がなくても権力を持つ人もいるのだ。そして、現実に他人を動かすにあたっては、権限よりも権力が重要だと本書では述べている。

このとき重要なのは、自分自身の存在が周囲からどのように認識されているか、である。下記はp.227に示された権力を発揮するための条件である。

  1. 強制力は上長が処罰する能力を有していることに部下が気付くことに立脚している。
  2. 報奨力は、上長が報奨する能力を有していることを部下が理解していることに立脚している。
  3. 合法的権力は、部下が受け入れねばならない(仕事を遂行するための)合法的権力を上長が有していることを部下が納得することに立脚している。この形態は、組織における管理者の地位から導き出されるために「形式的権力」と呼ばれる。
  4. 指示的権力は、盲目的信仰から従うことのできるカリスマ的指導者を見出したいという部下の欲求に立脚している。
  5. 熟練者としての権力は、部下の要望のどれか1つを満足させるのに有効な優れた知識や腕前を上長が有していることを部下が気付くことに立脚している。

いずれの条件においても、「部下」から自分がどのように見られているか、ということが権力を発揮するために決定的に重要なのである。また、このうち公式的な権利、組織表上の上長であることと言った形式的な理由によるものは「3」のみであり、その他の4、5について公式に与えられたものではなく、当人の能力から生まれた非公式な由来のものであることに注目が必要だ。

このような権力を行使するためにはどのような特性が要求されるか、というと個人的には、少なくとも担当する業務範囲において人望があること、人間的に信頼されること、ではないかと考える。

担当製品に対してどのように貢献してきたか、困難に直面したときどう振る舞うか、人として接していて気持ちが良い人間か、などなど普段の行動から周囲は評価してくる。そのため管理者は常に己を律する必要があるだろう。

特に「実際の人柄がどうであるか」よりも、「周りからどのように認識されているか」が重要なのは先述の権力に関わる5ヶ条からも明らかである。よってプレゼンテーションやPRの場を作って自らのブランディングを行うことも大切であろう。

ただし、周りから煙たがられては逆効果なので、節度を保ったやり方をするよう弁えることが必要だ。

常に人目を引くように目立つことを心がけること。(中略)ここで注意すべきことは、これらの活動は、上手なやり方、気持ちのよいやり方で実行されねばならないということである。

p.174

権威なき管理を目指して

以上から、

  1. 責任に対して権限は常に足りないこと
  2. 権限がなくとも権力を発揮すれば仕事ができること
  3. 権力は個人の能力であり、与えられるものではなく自ら開発するもの

ということがわかった。本文中では次のように記されている。

上長がいかほどの権限と責任を与えてくれるかという質問への回答は単純なものになる。つまり、何もないということである。責任とは負うことになるか負わないかのどちらかである。権限と権力の大きさは、同僚や部下からそれを、どの程度引き出すことができるかにかかっている。

p.225

このような考え方は、耳慣れないものかもしれないが、決して突拍子のないものでは無い。例えばGoogleのPdM募集要項には、要求事項として次のような記載がある。

直接の権限なしで複数の利害関係者に影響を与える能力。

googleのPdM募集要項(参考リンク先)

まさしく、「エンジニアリングマネジャー」にて定義されたところの”権力”を行使できる人間であれ、と言うことである。最後は、本文中から下記の文章を引用して終わろう。これこそ究極の管理者像ではないだろうか。

権威なき管理は究極のリーダーシップであることを忘れるな。

p.275

その2については、管理者の行為のうち、もっとも重要な「決定」を題材に書く予定です。気長にお待ち下さい。

第2回書きました!

技術系マネージャー、リーダー必読の書 改訂 エンジニアリングマネジャー―強き技術系管理者への道 悪い決定は決定をしない...
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