「エンジニアリングマネジャー」その2:管理の仕事は決断すること

技術系マネージャー、リーダー必読の書

改訂 エンジニアリングマネジャー―強き技術系管理者への道

悪い決定は決定をしないことよりましであることを知るべきである。管理者は潜在的に解決されない問題を抱え泥沼にはまり込んでいる局面に敏感に応じる能力を必要とする。

「エンジニアリングマネジャー」p.33

「エンジニアリングマネジャー」という本を紹介する。この本は、研究開発や製造などに従事する技術者が管理職としてキャリアを進める場合のガイドブックとして執筆された。いわゆる課長、部長と言ったライン管理者のほか、プロジェクト管理の問題や、組織の編成方法と言った経営者レベルまでの管理を対象としている。

「他人を通じて成果を出すこと」を管理者の本質としてとらえ、豊かな現場の経験と、学術的研究成果を踏まえた、巷にあふれる安易なノウハウ本とは一線を画する書物である。綺麗事だけではなく、仕事の現場で遭遇するであろう様々な葛藤やドロドロした人間模様についても書かれている点がすばらしい。私の職種はプロダクトマネージャー(PdM)であるが、PdMにとっても非常に参考になる本でおそらく職業人生における座右の書となるであろう一冊である。

このように、おすすめの一冊であるが、

  • それなりのお値段がする。(定価¥5,700-)
  • 現在絶版で入手性が悪い。
  • 翻訳にやや難があり、翻訳物に慣れていない人には読みづらい。

と言った難点もある。しかしながら、この本の内容はぜひ多くの人に知ってもらいたく、また手に取ってもらいたく思うため、当ブログではこれから何回かにわたって、「エンジニアリングマネジャー」の紹介記事を書いていきたい。

本記事はそのうちの第2回。第1回は下記の記事で、管理者と責任とそれを果たすための権限、権力の関係について紹介した。

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第二回では、管理者が果たすべき最重要な仕事である「決断すること」についてフォーカスして紹介していこう。

リスクの伴わない決断に価値は無い

「エンジニアリングマネージャー」では、第10章を「意思決定と問題解決能力の開発」として一章丸々を充てている。それだけマネージャーにとって何かを決断することが大事であると考えるからである。以下にその冒頭部分を抜粋する。

管理者が存在する最も重要な意図は、決定をすることにある。組織構築ならびに変更、計画作成、部下の業績の評価、指揮と管理者は絶えず決定をしている。だから決定をすることは、重要な管理業務の1つであり、第1章で述べたように、管理者として存在するための大きな基準の1つである。

管理の本質は、リスクを冒すこと、つまり決定をすることである。もちろん、時には決定を遅らせたり、決定をしないことによって最高の管理ができることもある。しかしこれもまたリスクを残している。なぜなら決定の遅れが問題を大きくする場合もあるからである。そうでなくても、管理者は決定しないという決定をしているのである。管理の基本の1つは、決定のリスクを冒そうとしない人は、管理者には決してなれないということである。しかし管理者の中には行動せず、ただいるだけという人もいる。彼らは観覧席にいて、決して競技場におりてこない傍観者であり、実践者ではない。

(中略)

だから意思決定能力は、管理者としての成否を最もはっきりと測る要素である。意思決定には、代替案を見つけ評価するために、情報を集め、まとめ、意味ある形に統合する特殊な能力を必要とする。

(中略)
リスクのない決定は価値がないのである。

p.363−364

ここにはっきりと示されているように、管理者の仕事は決断をすることなのである。それもリスクを含む決断である。リスクを含まない決断なら誰でもできるからだ。リスクを含む判断において、どれだけ的確に素早く行うことができるか、という所に管理者の腕の見せ所があると言って良いだろう。この箇所は管理と名のつく職種の人間ならば、全員が心に刻みつけるべき心得ではないだろうか。

分析麻痺に陥るな

しかし、こと技術系の管理者においてはこの決断を行うことが不得手な場合がある。それは、今まで慣れ親しんできた科学的、分析的思考が管理の世界では通用しないことがあるからだ。

現状の教育体系は、分析能力に対して過剰な開発を目指しており、意思決定のような管理能力の開発については置き去りにするという誤りをおかしている。(中略)技術者や研究者の教育は、予測可能な規格をもとに物事を測定し、数式を解くことによって問題を解決することに力点が置かれている。管理の世界は予測しがたく精密さも乏しい。技術者が科学的手法を上手に駆使し、計算尺を操作し、図面を読み、複雑な数式モデルを作り上げることは、管理者として成功することを意味しない。つまり、技術や科学の詳細な手法と解析は、事業や管理における、ごちゃごちゃした不確かな手法や、解法とは遠く隔たっていることをよく心に留めておかねばならない。

p.82

科学的手法の本質的美しさである正確な測定という「厳しい」訓練を受けてきている技術者や研究者は、具体的に制御し、測定可能なものを扱う仕事についているのが快適であると感じている。それに反して、管理者は行動、性向、直観、感情、感覚といったものを扱う洞察力と判断力に頼らなければならない。これらの無形の変数が測定困難なもので、統制も単独にはできないという事実が、技術系管理者を完全に欲求不満にする。技術者が管理において成功するために学ばなければならないものの1つは、あらゆることを物差しで正確に測ろうと言い張るのをやめることである。

p.87

管理の世界では、扱う問題のほとんどがはっきりと定義されていないものである。正解が何かもわからない曖昧な問題ばかりである。しかし技術者の学校等での教育課程や、就職してからの実践の場面においてこのような問題を扱う場面は極端に少ない。そのため、純粋に技術のみしか扱ってこなかった技術者にとって管理という分野は理解し難い場合があるのである。

その結果、生まれる典型的な反応が「分析麻痺」という症状である。下記にその説明を引用しよう。

技術者や研究者は普通以上にこの病気を患っている。決定を下すためにあらゆる情報が手に入るまで待とうとするのである。筆者はこれ以上の失敗原因はないと考えている。これは専門的な技術教育が、管理の成功への機会を伸ばすのではなく、むしろ妨害している明確な事例なのである。管理においては、あらゆる事実が全て手に入ることなど決してないし、リスクの伴わない決定などもありはしない。すべての意思決定はリスクを伴う。パレートの原理に従えば、20%の事実は80%の結果を決定づけるのである。決断を遅くすること、事実の入手を待つことは「分析麻痺」と言われる。
 技術や研究開発の監督者が、不十分なデータや直接手を下したことのない分野で(情報が他の人や他部門を通して収集されるので)管理上の意思決定をうまくやる能力が不足しているとすれば、それは管理上の不安要因となる。極度に多様かつ予測困難な状況下で任務を果たさねばならぬという事実が、手にしたデータは不確かなものであるとし、リスクの少ない決定をするために、より多くのデータを求めようとするノイローゼ的欲求に追い込むのである。

p.88

判断を下すにあたって、今は情報やデータが足りないと考え、それらを収集してばかりで中々決断を下せない。しかし実は、間違いのない判断を下すのに十分なデータというのは往々にして、判断を下すその時においては入手できないものなのである。それらの情報が入手できた頃には、そもそもその決断を行う価値がなくなっているものなのだ。

問題解決における、意思決定について述べた下記の文章は非常に示唆に富んでいる。

代替案の選択において、最適な解を得ようと努力してはならないということである。なぜなら、それが存在しないからである。言い換えれば、最適な解を得るということは不可能で、満足できる決定をすること(最適なものよりむしろ満足できるもの)を求めるようにすることである。

p.382

技術者はよく「最適化」にこだわりがちである。しかし、特に管理の世界の意思決定においては「最適な決断」にこだわる事は危険と戒めている。その理由は最適な解など存在しないからである。本文中では、引用部の先につらつらと、なぜ最適な解が存在しないか、(あるいは、存在したとしてもそれを我々は知ることができない)について説明している。長いので引用はしないが、端的に言えばそれは管理の世界の問題は、そもそも白黒はっきりつけられる問題ではないし、さらに我々が住む世界が本質的に、曖昧で多様で不確か(VUCA)な世界であるからである。

我々は、世界のことを完璧に知る事はできないのである。よって常に自分は全てを知ってはいない、”知らない”という態度で世界と向き合うべきなのである。よって最適な解を得る事はできない。なぜなら最適とは全ての選択肢を比較しなければ評価できないからだ。しかし、その全ての選択肢を我々は得ることができないのである。よってそこで重要なのは、今検討できる選択肢の中から、満足できるもの、一番妥当と思われるものを選び取ることなのだ。

この辺りの思考法については、下記の「無知の技法」に詳しいので興味がある方は参照されたい。

無知の技法は「無知」を受け入れ、無知であるが故に開くことができる可能性に着目する。誰も正解を知らない、正解が存在するかも分からない世界において生きるために、「知らない」と言うことと向き合う姿勢が必要不可欠と教えてくれる。

グランドデザインとコンティンジェンシープラン

先に述べたように、決断とは現状得られる選択肢の中から最も満足できるもの、妥当と思われるものを選択することである。

その時に、判断の支えになるのが、次の2つではないだろうか。

1)大局観となるグランドデザイン
2)不測事態に陥ったときのカバーリングプラン(コンティンジェンシープラン)

グランドデザインとは、いちばん最上位の戦略である。目指すべき目標と、それをどのように達成するかの青写真である。今行う選択は、このグランドデザインの中のどのピースになるのか、ということが分かれば、判断の助けになるであろう。

さらに、リスクを負う決断においては、そのリスクが顕在化した時にどのようにカバーリングするか、というバックアッププラン(コンティンジェンシープラン)が欲しい。戦線が当初思い描いていたようにいかずに、崩壊しそうになった時、どこまで退却して戦線を整理し、防衛線を敷いて立て直すか、という事はあらかじめ想定しておく必要があるのだ。イケイケドンドンで強気の作戦を立てても良いが常に失敗時の対応も冷徹に考えておかねばならない。

意思決定における、グランドデザインとコンティンジェンシープランの重要性については、「失敗の本質 日本軍の組織論的研究」に詳しい。これもマネージャー職には大いに参考になる一冊である。太平洋戦争における日本軍の指導のひどさに絶望することになるが。。。

VUCAな世界の中で行う決断

我々の生きる世界は、VUCAな世界であり確実な見通しなどない、正解の定義すらできない世界である。その中でも的確に素早く決断を行う事でマネージャーは組織に貢献することができる。この決断の質により、組織の成果は大きく左右されるだろう。それがマネージャーの責任の大きさであり、仕事としてのやりがい、面白みなのである。

次回第3回は、管理者の仕事のやり方、「他人を通じて成果を挙げる事、権限の移譲」について紹介する予定。お待ちください。

第3回、他人を通じて成果を挙げること、そしてそのために必要な権限の移譲、について、レビューしました。

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