目次
技術系マネージャー、リーダー必読の書
管理とは何か?という質問に次のように答えよう。すなわち、”管理とは他人と一緒に、他人を通じて物事を達成する過程である”と。
「エンジニアリングマネジャー」P.5
管理とは、ある種の技量を備えた人々によって、いくつかの機能の成果を求める任務もしくは活動(プロセス)である。ここで重要な点は、これらの機能は他人によって実行されるということである。つまり、管理とは、管理者が他人を通じて何を得たかということである。
「エンジニアリングマネジャー」という本を紹介する。この本は、研究開発や製造などに従事する技術者が管理職としてキャリアを進める場合のガイドブックとして執筆された。いわゆる課長、部長と言ったライン管理者のほか、プロジェクト管理の問題や、組織の編成方法と言った経営者レベルまでの管理を対象としている。
「他人を通じて成果を出すこと」を管理者の本質としてとらえ、豊かな現場の経験と、学術的研究成果を踏まえた、巷にあふれる安易なノウハウ本とは一線を画する書物である。綺麗事だけではなく、仕事の現場で遭遇するであろう様々な葛藤やドロドロした人間模様についても書かれている点がすばらしい。私の職種はプロダクトマネージャー(PdM)であるが、PdMにとっても非常に参考になる本でおそらく職業人生における座右の書となるであろう一冊である。
このように、おすすめの一冊であるが、
- それなりのお値段がする。(定価¥5,700-)
- 現在絶版で入手性が悪い。
- 翻訳にやや難があり、翻訳物に慣れていない人には読みづらい。
と言った難点もある。しかしながら、この本の内容はぜひ多くの人に知ってもらいたく、また手に取ってもらいたく思うため、当ブログではこれから何回かにわたって、「エンジニアリングマネジャー」の紹介記事を書いていきたい。
本記事はそのうちの第2回。第1回は下記の記事で、管理者と責任とそれを果たすための権限、権力の関係について紹介した。
第3回では、管理者の仕事のやり方の要諦、「他人を通じて成果を挙げる事」そしてそのために不可欠な「権限移譲」に注目して紹介しよう。
管理の基本は他人を通じて成果を挙げること
管理の本質とは何か?という問いに対して、本書ではその冒頭においてこのように述べている。
管理とは何か?という質問に次のように答えよう。すなわち、”管理とは他人と一緒に、他人を通じて物事を達成する過程である”と。
P.5
管理とは、ある種の技量を備えた人々によって、いくつかの機能の成果を求める任務もしくは活動(プロセス)である。ここで重要な点は、これらの機能は他人によって実行されるということである。つまり、管理とは、管理者が他人を通じて何を得たかということである。
“管理とは他人と一緒に、他人を通じて物事を達成する過程である。”なるほど、確かに管理とは自分以外の誰かが存在しない限りは成り立たない概念である。組織とは、その組織の掲げる目標を何らかの手段を用いて達成していくことが本質であり、その中で管理者は他人を動かすことで何事かを成し遂げることが求められる、ということだ。
この他人を通じて成果を挙げる、という視点は管理者において絶対に欠かすことのできない、最重要のポイントなのである。
権限移譲のために
上記の文章に続いて、次の記載がある。
管理者は、自分のために働く部下の仕事の成果に対し責任を負っている。管理者は、自身がやったことに対してではなく、部下がやったことに対して給料をもらっている。
p.6
(中略)
管理者が自分自身でやった成果の量は、管理者として失敗していることを示すバロメータである。
“他人を通じて成果を挙げること” が管理者の至上命題である、という筆者の主張が繰り返されている。管理者が自分自身で手を動かして末端の仕事をやっているようでは、管理は失敗しており管理職失格なのだ。もし人員が足りないのであれば、人員の問題をどうにかすることが、作業内容や効率に問題があるのであれば、そこを改善するのが、それぞれ管理者の務めなのである。
では、どのようにして”他人を通じて成果を挙げること”を果たしたら良いのか。そのために欠かせないのが”権限移譲”である。
管理者がもつべき最も価値ある能力の1つは権限委譲である。権限移譲すべきものを決して自ら行ってはならない。権限移譲を行わない限り、また部下がそれを期待するようにならない限り、技術系管理者として成長することはできない。しかしながら、技術系管理者の中には、他人を通して物事をなすのだということを十分に学んでいない人が良く見受けられる。彼らは権限委譲が十分にできないのだ。第2章で述べたように、技術者は権限委譲者であるよりは、実行者であろうとする。なぜなら、良きにつけ悪しきにつけ、部下の誰よりも仕事をうまくやれると信じ込んでいるからである。
p.89
これまでの検討でおわかりのとおり、管理者としての任務は、自分自身で仕事を行ってはならないということである。他人を通して物事を行うということである。多分、1つまたは2つ以上の任務は部下の誰よりもうまくやることができるであろうが、すべての物事をうまく行いうるであろうか?たとえ行いえたとしても、そのことが給料をもらっている理由ではない。他人を管理し、他人に物事をやらせることで給料をもらっているのであり、自分自身でやることに対してではないのである。つまり、権限移譲は管理職の地位における最も優れた道具なのである。それはまた、確固たる組織と管理の原則でもある。権限移譲をしない限り、他人を通して物事を行っていない限り、管理を行っていないと同じである。
p.223
権限移譲こそが、管理者がその責任を果たすために欠かせない最高の道具なのである。
であるから、管理者に求められるのは、「How」物事をどのようにやるかではなく、「What」「Why」を考えること、すなわち「何をやるのか」「なぜやらなければならないのか」という問いに答えることなのである。
優秀な管理者というものは、物事をいかにやるかということではなく、何をなすべきか、それをやるべきか、その費用はどれくらいかに常に焦点をあてている。管理者は他人を通して物事を行わねばならないから、「いかにして」ということは常に忘れるべきである。技術者は一般にこのことを理解するのが困難であり、専門家として有能でありたいという熱意から、自分の専門分野に執着し続けようとする。その結果、権限移譲に失敗し、技術の詳細を自ら取り扱う傾向がある。
p.88
管理者の見出した「What」「Why」をいかにして実現するか、という部分は部下に権限移譲し、委ねるべき領域なのである。
その際、どのように、何を権限移譲するべきなのか、については以下のように述べられている。これもまた参考になるだろう。
修正行動がとられるとき、基準からのズレのほとんどが、そのズレに関係した特定の部下の失敗ではないことが多い。管理責任の原則から言えば、次の条件が満たされたときにのみ基準未達ということに対して責任を持つことになる。第一に、何を期待されているか知っていること、第二に、割り当てられた仕事をどのように達成するか知っていること、第三に、管理の範囲内で実行の調整ができることである。
p.427
たとえば、部下が費用に対して責任を持てるのは、予算や基準費用によって、費用がどうあるべきかということを知っているときだけである。さらに費用がどうなっているか知ることが必要なので、実際にかかった費用がどうかを知る手段が使えなくてはならない。最後に、費用を統制することができなくてはならない。たとえば、部下のみに費用責任があるとするならあるとするなら
部下のみに材料請求の権限をもたせるか、援助や設備を利用する権限をもたせるべきである。
もしこれらの条件がすべて満たされていたら、管理者は部下に責任があると言ってよい。もし、これらのどれか1つでも欠けていたら、部下は責任を持つことはできないのである。
他人をうまく扱うことが、管理の要諦
“他人を通じて成果を挙げること”が管理の最も重要な本質であるならば、必然的に”他人をどう扱うか”ということが管理者にとって最も重要な課題となる。本文中では下記のように述べられている。
人をうまく扱うことは、すべての管理レベルを通じて最も重要なことである。管理とは、集団活動またはチーム活動に他ならぬ以上、管理者の最大の視点は人に向けねばならない。管理の階段を登るにしたがい、技術的課題から人の問題へと課題を変えていく必要がある。人をうまく扱うことを体得することは、名人芸中の名人芸であると筆者は信じている。技術的および経営的能力に優れてはいても、人間関係の能力に疑問がある管理者は失敗の候補者となるだろう。言い換えれば、技術的もしくは経営的能力が平均値以下だったために発生する問題は、容易に乗り越えることができるのである。
p.42
場合によっては経営能力や技術的能力よりも、”人をどのように扱えるか”という能力が管理者には最も求められている、この言葉を全ての管理者は心するべきであろう。
強権を持って他人を動かすのではなく(時にはそれも必要だが)、うまく人心を掌握し、人をやる気にさせ、自然と生まれる尊敬の念を持って他人を動かす、そんなリーダーシップが著者が掲げる理想である。それは簡単に実現できるものではない。しかし、その理想を実現するための無二の支えとなってくれるのが、本書「エンジニアリングマネジャー」である。管理の道を目指す人、あるいは既に管理者になっている人、全ての人にお勧めできる一冊である。