サンリオピューロランドにて
数年前、ミキハウスからの無料招待券をもらったので、家族とピューロランドに行った。お昼のパレードを見ていた時、こんな事があった。
パレードは、最初サンリオキャラクターたちのパーティーとして始まった。
楽しいパーティに、キャラクターたちがウキウキで参加している。
BGMも明るく、”楽しい曲調”だ。
と、その時照明が暗くなり、曲調が”もの悲しい曲調”に変わった。”黒い服を着た悪そうな人たち”が現れてダンスを始める。パーティの会場に”不穏な空気”が流れる。。。
一旦パーティは悪い人たちに乗っ取られかけるが、最終的には、悪い人たちも更生して、実はいい妖精でした。みんな仲良し!みたいな感じで終わったと記憶しているが、興味深いのは、そのショーを見ていた娘たちの反応であった。
5歳児と3歳児の反応の違い
当時(たぶん)5歳だった長女は、照明が暗くなり、BGMが変わるやいなや、”不穏な空気”を察知し、泣きながら妻の方に「こわいー!」と言いながら抱き着いていった。
一方当時、3歳だった次女は、照明やBGMの変化を意にも介さず、ニコニコ、上機嫌で、黒い服の人たちのダンスを見様見真似で踊り続けた。しかし、すぐに長女が泣いているのに気付いた。途端に慌てて妻の方に、泣きながら抱き着いて行った。あたかも、長女が泣いているのを見て、「今は怖がる場面なんだ」と察知して行動したかのように私には感じられた。
ソーシャルリファレンシング
子どもの成長過程において、ソーシャルリファレンシングと言う概念が提唱されている。
幼い子どもが、はじめて出会ったことにたいして、「どうすればいいのかな」とふり返ったとき、親や祖父母や保母さんや幼稚園の先生などの視線が、かならず見守ってくれていて、そして、どうすればいいのか教えてくれる。そういう過程をとおして、幼いこどものなかに育っていく人間的な感情や感性を、ソーシャル・レファレンシングとよんでいます。 [佐々木正美 子どもへのまなざし より引用]
どうも、次女の振る舞いは、ソーシャルリファレンシングの一種のように思える。しかし、暗闇や、悲しい曲調、黒い服の人たちの禍々しさ、から成り立っていた、不穏な空気というのも、先天的に人が持っているものでなく、後天的に教育により与えられるものなのだろうか。大人による不穏な空気の演出が、次女には伝わらなかったところからすると、そう思いたくなる。
我々は、人として、様々な経験や教育を通じて、価値観や偏見を養っていく。次第に現象より意味の世界を生きるようになる。それを利用して、演出も可能になるのだ。逆に、年端の行かない幼子のうちは、そのような大人が持っている価値観や、偏見にとらわれずに、「あるがままの世界」を見ることができているのか。そして、その差は5歳と3歳の間でも見られたと感じる。またその、分水嶺は思ったより低く感じる。