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論語 自分は他者を理解できるか / 7つの習慣

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巻第一 学而第一 16

子ののたまわく、人の己を知らざることを患えず、人を知らざることを患う。

先生が言われた、「人が自分を知ってくれないことを気にかけないで、人を知らないことを気にかけることだ。」

他人が自分のことを分かってくれないことを気にするのではなく、他人の事を自分が分からないことを気にするのだ。
また、「他人がどうするか」は自分の力の及ばざるところであるが、「自分がどうするか」は自分の制御可能な範囲内である。よって、その部分に注力していくのは的確な対処であろう。

人は他人の事を理解できるか / 7つの習慣

他人の事を人はどのようにして理解できるのか。7つの習慣という有名な自己啓発本がある。
この中に、著者のフランクリン・コヴィー博士が体験したエピソードが載っている。
以下引用ではないが、要約する。

 コヴィー博士が地下鉄に乗ったときのこと、後から子連れの男が乗ってきた。
ところが、その子供は大声で泣き叫ぶ、乗客の新聞を破るなど、大暴れをしている。
にもかかわらず、その男は子どもを、ほったらかしにしている。

見かねた博士は、男に対して
「なぜ、子どもたちに注意しないんですか?」と聞いた。

男は、答えた。
「実はつい先ほど、病院で私の妻を、つまり子どもの母親を看取ったところで、
子どもに対しても、自分自身もこれからどうしたらいいか、分からないんだ。」

それを聞いて初めてコヴィー博士は、目の前の光景の意味を理解し、改めて話しかけることができた。
「それはお気の毒に。私に何か力になれることはありますか?」

記憶に頼っているが、概ね間違いないかと思う。7つの習慣は手放してしまったが、この部分は印象深く、今も覚えている。

人間他人の事を簡単に知った風なことを言うが、どこまで理解できるものか。
他人の心の中を我々は直接除くことができない。我々は、他人の思考の結果、顕れる極表面的な行動を観察することを通じて、他人の心を想像しているだけに過ぎない。その場合、予測は自分自身の理解の範囲内、経験の範囲内で行われる。言ってしまえば手前勝手な推測しかできない、ということだ。
しかし、他人と自分とはほとんどの場合、全く違う背景を持ち、知識や経験も異なるものだ。

であれば、表面的な印象のみで正確な予測などできるものではない。だから、問いかけて、その予測を確かめ、修正していく必要がある。

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