書評:「よわいかみ つよいかたち」かこさとし 材料力学への誘い

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幼き日の思い出

まだ私が幼く、保育園に預けられていたころのこと、こんな本を読んだ記憶があった。

それは絵本で、紙で橋を作る実験のことが書かれていた。おなじ寸法、厚みの紙であっても、折って形状を変えることでとても強くなること。世の中にはこの原理を利用して、さまざまな建物や構造が工夫されて作られていること。

同じ紙であっても形によって、その強さがさまざまに変わること、は私にとってとても印象的なことだった。

その後、大学では機械工学を専攻し、材料力学、工業力学といった専門科目にて、絵本に書かれていたことを体系的に専門的に学ぶようになる。 そして最終的には材料試験、評価技術に関連して職を得ることになった。 ある意味では、その方向付けを与えた本かもしれない。

ずっと記憶に残っていたが、誰が書いた、どんな本だったのか、思い出せなかった。

ところが最近はたと、気づいた。もしかして、かこさとし さんだったんじゃなかろうかと。

かこさとし

かこさとしさんと言えば、絵本作家として多数の作品を残された方である。だるまちゃんとてんぐちゃん、からすのパン屋さん など、が有名だが、東京大学工学部出身であり、卒業後は民間メーカーの研究所勤務。最終学位は工学博士(東工大)で技術系の最高難度の資格といわれる技術士も化学分野で取得されている、一流のエンジニアであり、科学者でもある。

そのため、専門知識を活かして、子供向けに理科系の話題を絵本で分かりやすく説明した本も多数手がけている。

あの絵本の雰囲気、丁重な言葉遣いのイメージ。かこさとしさんのイメージと重なる気がする。

そして調べてみた。これだ。あの思い出の本は、かこさとしさんの「よわいかみ つよいかたち」だった。

実験、そして評価。考え抜かれた構成

およそ30年の時を経て、再びこの本を手にとって読んでみた。幼き頃の記憶がよみがえる。

先に書いたように、これは紙で橋を作る話だ。素材には、ハガキを使い、本の間に渡して橋をかける。そうして作った橋に10円玉を載せて何枚の重さに耐えられるか、実験して定量的に評価していく。

定型的な寸法、規格の材料(官製はがき)を使い、強度を評価するための錘として、これまた規格化されている10円玉を対象とする。家庭において再現実験を行いやすくするための工夫である。さりげなく見えて、考え抜かれていることがうかがえる。

少し内容を見ていこう。まずは一枚のハガキで試してみる、10円は3個までは乗り、4個目で橋が壊れてしまう。この後、ハガキを二枚重ねにして試すと6個乗るも、7個目で壊れてしまう。同じ材料を同じ量使ってもっと強い橋を作ることはできないだろうか。

そこで登場するのが、紙を真ん中で折り曲げて作った橋である。たった1枚の紙を二つに折っただけなのに、38枚載せても壊れない。桁違いの強さを発揮するのだ。子供の時このくだりを読んだとき受けた衝撃は、とても大きく30年近く経った今でもよく記憶しているほどだ。

この橋は、38枚の10円玉を載せても壊れない。ではどこまで載せたら壊れるのだろうか。実はそれは本書では示されていない。貯金箱から取り出した手持ちの10円玉がなくなってしまい、評価ができないのだ。橋が結局どこで壊れるのかわからない。ちょっと中途半端な気もする。しかしこれも作者の意図があってのこと。あとがきにはその意図が作者の言葉で語られている。

貯金箱も限界性を示す伏線であることをお忘れなく御利用ください。

あとがき「条件をかえると機能も変る性質も変る」より

評価手法で評価可能な範囲を超えれば、対象の評価をすることはできない。評価対象に応じた評価方法を選択する必要があること。また、逆に必要とされる強度に対して十分かどうか判断するのであれば、定められた目標値をクリアするかどうかと言う観点を持つ必要がある。このあたりも かこさとし氏の入念な配慮が垣間見えるところである。

かこさとしさんの絵本作りの現場を、テレビ番組で特集していたのを以前見たことがあった。確かNHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」だったか。水の性質について解説する絵本を執筆していたが、ほぼ構想がまとまりかけていたにも関わらず、内容に納得がいかず、出来上がったアイデアを捨てて一から考え直していた。もう老齢で気力・体力とも十分では無かろうに、妥協を許さずに、最適の構成となるよう考え抜く姿勢が印象的だった。

この「よわいかみ つよいかたち」にも、最高の形を目指して考え抜く かこさとし氏のマインドが間違いなく感じ取れる一冊である。

次の世代に

さっそく保育園の年長の子供に読んであげたところ、すぐに実験しようと言ってきた。その積極性があるところは大いに買ってやりたいところ。思えば自分自身はこの実験をやった記憶が定かではない。一緒に手を動かしてやってみた。

一緒にやってみたら一部の実験結果は本の結果とは逆になった。これはなぜだろう?よく考えてみる必要がありそうだが、まだ保育園の年長さんには難しいかもしれない。

10円玉をのせるにしても、どの位置に載せるか、1点に集中させるか、分散させるかによっても結果は異なる。実験として精密に実施するには色々な工夫が必要だ。そのあたり考えていくと夏休みの自由研究の題材にも良いかもしれない。

子供のころ、強く印象に残った本。その後の人生に影響を与えたであろう本。「よわいかみ つよいかたち」を改めて読んだ。幼き頃に受けた印象と違わず、今読んでも改めて作者の真摯な姿勢が伝わる素敵な本であった。この本を読んだ我が子はどう思うかはわからないが、そうして次代に伝えていきたい、そんなふうに素直に思える私にとって大事な絵本である。


かこさとしの絵本だと、「ゆきのひ」も好き。

良い本との出会いは、人生を変えます。様々な知識や強烈な感情を読者に与えることで、物の見方、世界の見え方が一変し、視野を広げてくれる、あるいは全く新しい視点の存在を教えてくれるのです。思い出話も含まれますが、私の読書体験から、おすすめ本を紹介。